『戦え! 水銀燈』





とある夏の日、ローゼンメイデンたちは来るべくアリスゲームに備えて…特に何もしていなかった。
桜田家ではいつも日常が営まれている。
ジュンは図書館へとお勉強に出かけ、留守を預かる雛苺は翠星石と小競り合いを繰り返し、真紅は一人マイペースに読書に勤しんでいて。
そこにはごくありふれた少女たちの日常があった。
もっとも彼女たちは人間ではなく人形であるのだが、そこはそれ彼女たちは人間よりも人間臭いのである。

そんな中で真剣にアリスゲームを戦うべく日夜暗躍する影一つ。
黒い羽根を操る漆黒の乙女 水銀燈。
彼女は勝つために手段を選ばない。
それは冷酷とも残酷とも言えるが、別な見方をすれば一途にアリスを目指しているからこそともいえる。

そして彼女は今日もアリスゲームに勝つことを目指し、朝の光に輝く空を桜田家へと向かっていた。
朝と言うのは漆黒の名を持つ彼女にとって珍しいように感じるが、彼女は気まぐれ、または自由である。
別に早朝に奇襲してはいけないという法は無い。
「兵は詭道」だ。
何となく他のドールたちは自分が夜とか暗闇に紛れて襲ってくると思い込んでいる気がする。
恐らくは自分の色、闇色のドレスと自分の名前からくる連想だろう。
確かに人目につくわけにいかないドールズにとって夜のほうが何かと都合はいいが、夜明けと同時であれば人目の無さは夜とさして変わらない。

だから彼女は悠然と茜色に輝く空を舞う。
空は翼を持つ彼女だけに許された世界なのだから。



………と思っていたのが油断だった。
都会の空にはとんでもない伏兵が潜んでいたのである。

「さて…今日はどうやって真紅たちを虐めてあげようかしら?」

凄惨とも言える笑みは彼女の美をいささかも損なうことはない。
むしろより一層際立たせている。
それは人が見れば心を凍りつかせ、それでもなお魂を奪われかねない笑みだった。

だが美などと言うものに心を奪われたりしない複数の影、冷酷非情な空の死神が彼女の上空から一気に襲い掛かってきたのである。
すべてのドールの位置を把握していた彼女にとって、まさか自分の庭とも言える空で攻撃をかけてくる敵が居るとは思ってもいなかった。
それゆえに奇襲攻撃の第一弾はものの見事に水銀燈の脳天に炸裂した。
グサリとやたらと痛そうな音が彼女の美髪の真ん中辺りで鳴り響く。

「痛あ゛ーーーーっ! な、何?! なんなの?!」

痛烈な一撃に振り向けばさらに襲い掛かる影が三つ。
慌てて体を捻る水銀燈の横を矢のようにかすめていくのは都会の空の覇者「ハシブトガラス」たち。
太いクチバシが彼らの武器だ。
その威力は都指定のゴミ袋を三枚まとめて貫通させるほどである。


どうやら水銀燈ちゃんはカラスに縄張り荒しと勘違いされたらしい。
確かに最近は改善されつつあるとはいえ、早朝のゴミステーションは彼等の餌場。
そこに見も知らぬカラスに似た鳥っぽいものが現れたとなれば彼等が黙っているはずは無かった。
だけど水銀燈にしてみれば宣戦布告無しの攻撃でしかないわけで。

「ちょっと! なんで襲ってくるわけ!」

「ガアァァァァ!」

水銀燈の抗議にもカラスたちは耳を貸そうとはしない。
というか通じているかどうかも怪しいのである。
すでに戦端は開かれた、今更、和平の道などは不可能そうだ。
しかし仮にもローゼンメイデンのドールがカラスごときに屈するわけにはいかないと彼女は次の攻撃のために旋回しているカラスどもを睨みつける。
人間にさえ畏怖を感じさせる彼女の視線ならば、野鳥ごとき一睨みで退散させられるはずだった。

だが彼女は甘く見ていた。
都会を生き残るカラスたちはすでにただの野鳥ではなかった。
野生と狡猾さを身につけたカラスたちは彼女が考えるような甘い相手ではなかったのである。

与えられるプレッシャーをものともせず、三羽のカラスはそれぞれがジグザクに機動しつつ三方向から水銀燈に迫る。
前をかわせば横から、横をかわせば上からという立体戦法は彼女が初めて経験する空中戦のテクニックであった。

「くっ!」

矢のような突撃をなんとかギリギリ紙一重でかわす水銀燈。
しかしカラスどもはそれすら読んでいたのか、空中で急激に方向を変えるとその嘴を何の容赦もなくバランスを崩した水銀燈につきたてた。

「いたぁぁぁぁい!!」

ドールとはいえ人間並みの痛覚はある。
しかも彼女は乙女。
それが胸と尻という乙女にとって恥ずかしい微妙な場所をつつかれたとあれば悲鳴の一つも出るであろう。「グサ」とか言う音はかなり痛そうな響きだし。

胸と尻を押さえつつ涙目で睨みつければ、カラスどもは再び三羽が正三角形に編隊を組んで次の攻撃態勢に入っているところだった。

「やられっぱなしは性に合わないのよ!」

乙女のプライドと怒りを込めて水銀燈必殺の羽が機関銃のように放たれる。
突然の飛び道具に驚きながらも二羽のカラスはそれを回避したが後方の一匹が直撃を食らって撃墜された。

「カキガキィィィィィ!!」

どういう理屈か煙を吹きながら落ちていく僚友に隊長カラスが絶叫する。
だがこれで彼女とカラスの戦いはすでに双方が倒れるかというところまで突き進むこととなった。
もはや後戻りは出来ない。
食うか食われるか。
朝の空はまさに死闘のバトルフィールドと化した。


「ふん! お前が隊長ね。 落ちなさい!!」

再び放たれる漆黒の羽。
しかし隊長カラスは螺旋を描いてそれをかわすと再び鋭いクチバシを彼女に突きたてようとする。
その攻撃に迷いは無く、このカラスが達人級であることを感じさせる。
だが彼女の武器は飛び道具だけではない。
機動性はカラスの方が上かも知れないが接近戦なら自分が有利と水銀燈は冷たい笑みを浮かべる。

「甘い!」

気合とともに水銀燈が放った貫手。
まさに必中必殺の間合いと威力で放たれたそれをあっさりかわしてカラスは彼女の頬を掠めて急上昇する。
空の戦いは頭上を取った方が有利になることを隊長カラスは熟知していた。
だがそれは水銀燈も同じこと。
カラスの背後を取るべくその後を追って上昇する。
いかに相手が都会の空の覇者であるとは言え上昇すればスピードは落ちる。
水平か下降かは知らないがカラスが次の挙動に移る一瞬は速度が0になる瞬間が必ず来る。
それが彼女の勝算。
だからカラスの上昇速度が鈍り、そのクチバシが天頂に向いた時、水銀燈は勝利を確信した。

「獲った!」

彼女がまさに羽根を放とうとした瞬間、カラスの姿が彼女の目の前から忽然と消えた。

「なにっ!  う゛っ!」

必死に探したのも間に合わず、再びお尻の真ん中あたりに走る激痛に水銀燈は空中で悶絶する。
痛みのあまり声は震え、思考は大混乱。
そりゃあ小学生の悪戯じゃあるまいし、乙女にあるまじき場所にクチバシを突っ込まれたとなれば平静ではいられないだろう。

「な、なんで…下から…」

彼女にとって不幸だったのはこのカラスが天才であったことである。
そうでなければたかがカラスが「木の葉落し」という空中奥義を使うなど予想できるはずはない。
失速すらも武器にするカラスの戦法は完全に彼女の意表をついたのだ。

「あううー…も、もう許さないわ!」

袖口で涙を拭きつつ睨み付けた視線の先を小馬鹿にするかのように飛ぶカラス。
それがついに彼女の怒りを爆発させた。
雨アラレと放たれる羽根の弾丸をユラユラとかわすカラス。
しかも弾幕をものともせず一定の距離をフラフラと飛んでいるのは余裕のなせるわざか。

「くそっ! 落ちろ! 落ちろーーー!」

バルカン砲でもここまで派手じゃないだろうと思えるような攻撃にさしもの隊長カラスも回避しきれなくなったか距離を開け始めた。
「今がチャンス」と水銀燈が笑みを浮かべた瞬間、唐突に頭に衝撃が走り彼女は再び空中でバランスを崩すとまっ逆さまに墜落していった。

そう…敵機はもう一機いたのを忘れていたのである。
もう一匹のカラスは隊長が囮になっている間に一度地上に降り、手ごろな石を咥えると遥か上空から落下速度を存分に乗せた正確無比な急降下爆撃を彼女の脳天に見舞ったのだ。

「私がなにをしたって言うのよぉぉぉぉ!」

涙を振りまきながら錐揉みに墜落していく水銀燈を見下ろし、二羽のカラスは「仇はとったぞ!」とばかりにハイタッチをかますのであった。








その後、運悪くドブに墜落してベトベトになりグシグシ泣いていた水銀燈をのりが拾ったり、家に持ち帰って風呂に入れたりとドタバタ騒動が起きるのだがそれはまたの別の機会に。


ちなみに隊長カラスはその後、金糸雀から翠星石と雛苺作成の玉子焼きもどきを奪って暗殺されたと言う話がカラス界隈で広まったらしい。

こうしてローゼンメイデンの天敵にネコと並んでカラスの名が加わることになったのである。


おしまい






















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